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24時間テレビのマラソンって毎年走るランナーって気になりますよね。

去年走ったランナーって誰だっけ?コーチの名前は?

と思ったりします。

そこで、24時間テレビのマラソンランナーとして勤めてきた歴代ランナーやコーチについてまとめておきたいと思います。

24時間テレビの歴代ランナー

このようなランナーたちが走っていましたね。

ランナーを見るだけで、あの時の光景を思い出せますね。

 

当時のランナーの名前と年齢、走った距離はこちらです。

 

第41回(2018年) みやぞん:33歳【水泳1.55km】【自転車60km】【走100km】
第40回(2017年) ブルゾンちえみ:27歳 90km
第39回(2016年) 林家たい平:51歳 100.5km
第38回 (2015年) DAIGO(歌手):37歳 100.km
第37回 (2014年) 城島茂(TOKIO):43歳 101.km
第36回 (2013年) 大島美幸(森三中):33歳 88.km
第35回 (2012年) 佐々木健介・北斗晶・健之介・誠之介(北斗一家)  46歳/45歳/13歳/9歳 119.5km
第34回 (2011年) 徳光和夫 :70歳 63.km
第33回 (2010年) はるな愛 :38歳 85.km
第32回 (2009年) イモトアヤコ:23歳 126.59km
第31回 (2008年) エド・はるみ :年齢非公開 113.km
第30回 (2007年) 萩本欽一 :66歳 70.km
第29回 (2006年) 田中・山根(アンガールズ) ): 30歳 100km
第28回 (2005年) 丸山和也 :59歳 100km
第27回 (2004年) 杉田かおる :39歳 100km
第26回 (2003年) 山田花子 :28歳 110km
第25回 (2002年) 西村知美 :31歳 100km
第24回 (2001年) 研ナオコ :48歳 85km
第23回 (2000年) トミーズ雅:40歳 150km
第22回 (1999年) にしきのあきら:50歳 110km
第21回 (1998年) 森田剛(V6):19歳 100km
第20回 (1997年) 山口達也(TOKIO):25歳 100km
第19回 (1996年) 赤井英和 :37歳 100km
第18回 (1995年) 間寛平 :46歳 600km
第17回 (1994年) 肥後・寺門・上島(ダチョウ倶楽部):31歳/31歳/33歳 100km
第16回 (1993年) 間寛平 :44歳 200km
第15回 (1992年) 間寛平:43歳 153km

 

そして気になるのが、ランナーと一緒に走るコーチなどのスタッフです。

 

24時間テレビのコーチ・トレーナー

チャリティーマラソンは24時間テレビが1978年からチャリティー番組としてスタートした当時にはなかったってご存知ですか?

実は1992年からチャリティーマラソンがスタートして26年目になろうとしています。

 

スタート年の1992年の15回翌年の16回目の間寛平さんは元々ジョギングで鍛えていた経歴もあっての出場ですが、その後のランナーのほとんどが、ジョギングやマラソンの未経験者が短期間の訓練のうち本番で100kmを近くを走りきってしまうという普通に考えるとありえない事を数十年行なえて来ている事の凄さを改めて認識してしまいます。

 

このあり得ない事を成し遂げ続けているが故に、やらせ報道や、中抜き走行などの騒動の素となる疑惑として語られているのです。

 

しかしながら、走った事がない人がすこしの訓練で走れるようにそれもマラソン距離42.465kmどころかその2倍も3倍も走れせてしまうのですから、本人は勿論、周りのスタッフの苦労は並大抵ではないと思われます。

最近よく言われるのは、走った本人はもちろんだけど、伴走している人がもっとすごいのではないのかと、ランナーの横に片時と離れず(自分のコンディションは当たり前)で、ランナーのマッサージからコンディションを整えているランナー完走請負人のような伴走者に熱い視線が注がれています。

 

 

SNS上でも、「24時間テレビ マラソンで必ずいる「あのおじさんは誰なの」」とか、「黄色いバンダナの」と騒がれていますね。

あのおじさんこそ、ランナーの完走請負人こと、坂本雄次さんです

 


坂本雄次 さかもとゆうじ

ランニングプロデューサー

生年月日 1947年生まれ

出身地 神奈川県茅ケ崎市

 

実は経歴が変わっていて元々ありがちな陸上の選手だったとかいう経歴ではなく、たまたまダイエット目的で29歳の会社員の頃に昼休みに独学ではしり始めたのが、きっかけでマラソンの世界に来た経歴の持ち主。

500mしか走れない自分を工夫に工夫を重ねて走れるようになったそうだ。

そういう経験とノウハウが今に生きているのかもしれませんね。そのあと31歳で東電陸上部の監督になり15年間の監督勤めていた際に素人集団からフルマラソン2時間30分台ので走る選手を多数輩出した経歴を持っています。

 

ランナーとの絆を大切にして育ててゆく指導者のようですね。

現在は独立してご自身のマラソン普及を目的とした会社を立ち上げているそうです。

チャリティーマラソンの立役者にはこの坂本雄次さんの功労による物だと誰もが思うなか、かなりのご高齢である事と、ご本人は伴走をできなくなって生きている事もあり坂本氏の勇退と共にチャリティーマラソンの企画がなくなるのではないかとも言われています。

 

一時は北斗晶が抱きついたスタッフがいました。

誰かと話題になったり、坂本氏の後継者としていいのではないかと言われている人がいます。

 

それが、2018年のみやぞんさんの伴走者である中村博行ディレクターでした。

名前:中村 博行(なかむら ひろゆき)
生年月日:1970年9月13日
年齢:47歳(2018年8月時点)
大学:京都大学
所属:日テレの番組制作部門(1993年)

 

日テレの社員さんです。

今までも実は伴走には参加されていたそうで過去には”ブルゾンちえみ、DAIGO、城島茂、イモトなど”それ以外にも多くの方の伴走を担当そうなんです。

そう言った意味では坂本さんの後継者がいるようなので、チャリティーマラソンはしばらくは続いてゆくのでしょう。

これからも安心してチャリティーマラソンを見てゆけそうですね。